福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)448号・昭26年(ネ)777号 判決
控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人の各負担とする。
二、事 実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。被控訴人の附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴の趣旨として、「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金四十六万六千五百九円及び之に対する昭和二十四年六月十四日以降右完済迄年六分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上並に法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、
控訴代理人に於て、
(一) 本件とろゝ昆布が被控訴人の所有であることは認める。
(二) 控訴人(従つてその前身たる訴外日高信義も同様)は倉庫業法に謂う倉庫業者ではない。従つて商法上の倉庫業者でもない。控訴人は氷製造業者であり、その所有の倉庫は氷貯蔵庫として使用して来たもので、之によつて倉庫業を営んでゐたものではないから、控訴人が曩に倉庫業者たることを認めたのは、真実に反し錯誤に基くものだから、之を取消す。
(三) 本件とろゝ昆布の保管料は、寄託当初一ケ月金二万五千円であつたが、昭和二十三年八月物価庁告示により倉庫業者の保管料の統制額が改訂されたので、同月以降右告示による保管料一ケ月金三万七千五百円に値上げし、同年十一月には被控訴人より本件とろゝ昆布の冷却の必要なしとの申入れにより、冷却を中止したため、普通保管料の趣旨で同月分として従前の半額を受領した。
(四) 本件とろゝ昆布は、控訴人及びその前身訴外日高信義(以下右両者を控訴人側と略称する。)に於て保管中、其の一部に毀損を生じたことは認めるが、右毀損は以下(イ)乃至(ハ)に於て述ぶる理由により、控訴人側の保管上の注意義務の懈怠によつて生じたものでないから、之が損害を賠償する義務はない。
(イ) 一般に冷蔵倉庫は、本件とろゝ昆布の如き水産加工物の腐敗を完全に防止する機能を有するものではなく、単に細菌の発育繁殖を抑制し以て夫等の変質の速度を時間的に遅延せしめるという消極的機能を有するに過ぎない。而して、とろゝ昆布は、その原料を海中に仰ぐ関係上細菌と黴が之に附着し、昆布の性質上湿気を吸収するため、本来腐敗の危険を多分に有するものであつて、既に腐敗しかけたとろゝ昆布は之を冷蔵庫に保管しても其の腐敗を絶対に防止し得ないものである。
(ロ) 本件とろゝ昆布は、訴外合同水産株式会社が昭和二十三年三月頃広島を中継地として北海道より取寄せ赤池農業会に一旦納入したが、品質不良の故を以て返品となり、加之当時同種の商品が市場に氾濫してゐたため、他に売却することも出来ず、止むを得ず水産加工場の荷受機関の倉庫に一時保管してゐたが、その侭では湿度高く凡て食物の腐敗し易い梅雨期を迎えて之が腐敗の危険を回避する必要がないので、右訴外会社は訴外日高信義に哀訴嘆願の結果漸やくその応諾を得て同訴外人の倉庫に保管を託するに至つたものである。而して右保管当初既に本件とろゝ昆布の容器たる木箱の約半分は毀損し、残余は菰包にされており、その内容たるとろゝ昆布の一部は既に腐敗し他は腐敗しかけてゐた状態であつたから、之が腐敗を防止する方法は既に失はれてゐたものであつて、本件冷蔵庫に保管することは単に腐敗の時期を少しでも遅らすというにすぎなかつたのである。
(ハ) とろゝ昆布は、普通の製品であつても当時我国の冷蔵保管の方法によつてはその腐敗を防止することは不可能とされてゐるところ、本件とろゝ昆布は元来原料の選別不良、製造技術の拙劣、等の事由により粗悪品である上にとろゝ昆布の品質保存上必要な醋酸の使用量が少なかつたため、湿度高き夏期には他の普通製品に比し更に急速に腐敗する可能性を十分に具有してゐたものである。然るに本件とろゝ昆布はその腐敗しかけた時期に本件倉庫に保管替をしたのであるから、之が保管中に生じた毀損は、昆布自体に存するかしにより生じた自然的当然の現象で、控訴人側に於て多量のアンモニヤを使用して十分冷却し其他万全の方策を講じたとしても、之が腐敗を防止することは化学的に不可能の事に属するものであつた。
(五) 仮に本件とろゝ昆布の毀損が冷蔵倉庫の設備の不完全、冷却機能の劣悪により生じたものとしても、訴外日高信義は、本件とろゝ昆布を受託する当時、主として氷の製造をなし冷蔵保管は副業的なものに過ぎなかつたのであるから、氷の需要期に入らんとする時期に右昆布の保管を受託することを希望せず、しかも冷蔵設備も不完全だつたので、訴外合同水産株式会社の申出を強く拒絶したのであるが、同訴外会社は、前記(ロ)に記載の様に右昆布をその侭の状態に放置する時は間もなく全部腐敗する憂が多分に存したので、その全部につき完全保存は望めなくともその一部についてでも保存し得れば可なりとして強いて之が保管方を懇請し、訴外日高信義も其の窮状に同情し止むことを得ずその申入れを容れた次第であるが、右訴外会社の搬入したとろゝ昆布は予期以上に其の数量多く、斯くては本件冷蔵倉庫の設備機能を以てしては之を十分に冷却することが不可能であるため、訴外日高は適量以上の受託を拒んだのであるが、訴外会社は他に寄託すべき冷蔵倉庫も見出すことが出来ず其の処置に窮した挙句、昆布の一部は冷蔵庫外の氷の仮置場でもよいから保管してくれと申入れたので、訴外日高も之を諒承の上昆布の一部を氷の仮置場に保管したのである。従つて、訴外会社としては本件冷蔵倉庫の設備不完全、冷却機能の不十分より生ずる損害を当然予見し其の損害を自ら負担する意思を以て右寄託の申込をなし、訴外日高も亦右損害を訴外会社に於て負担することを条件として本件契約を締結したものである。
(六) 仮に本件とろゝ昆布の毀損が控訴人側の保管上の過失によるものであつたとしても、本件とろゝ昆布寄託の約定期間は原則として昭和二十三年八月迄とし、遅くとも同年九月未日迄には被控訴人に於て引取る約であつたところ、被控訴人は右期間経過後も控訴人の再三の催告にも抱らず之が引取をなさず、同年十一月十六日以降は冷却中止を命じ、昭和二十四年三月二十二日に至り漸くにして引取るに至つたのであるから、控訴人は約定期間経過後たる昭和二十三年十月以降特に同年十一月十六日以降本件昆布につき生じた滅失毀損の責を負うべき筋合ではない。而して右契約期間内に生じた毀損の程度と右期間後被控訴人が之を引取る迄の間に生じた滅失毀損の程度の割合は、一般にとろゝ昆布の腐敗が継続的にしかも加速度的に進行するものである点に鑑み、化学変化が速度の率に従い決定せらるべきものであるから、本件とろゝ昆布の滅失毀損の大部分は控訴人側の責に帰せらるべきものではない。
(七) 被控訴人は「本件とろゝ昆布の滅失毀損による価格が即ち被控訴人の蒙つた損害額である」と主張するけれども、本件とろゝ昆布が被控訴人の所有に帰した原由は、訴外合同水産株式会社の被控訴人に対する債務の代物弁済によるものではなく、右債権担保のために譲渡せられたものであるが、被控訴人に於て右債権の弁済を得るためには、担保物件たる本件とろゝ昆布を処分して得たる代金によると、将又、債務者たる訴外会社の他の財産に付債権の満足を得るとは自由になし得るところである。従つて担保物たる本件とろゝ昆布が滅失毀損したとしても、債務者たる訴外会社より債権の回収をなし得る限りは債権者たる被控訴人は何等の損害を蒙つたこととはならないのである。被控訴人は債務者たる訴外会社に対しなほ債権を有しその債権の回収の能、不能が今日不確定である以上、回収不能額が確定しないのであるから、被控訴人が本件とろゝ昆布の滅失毀損により幾何の損害を蒙るかその額は不明といわねばならぬ。従つて本訴請求の損害賠償請求権は未だ発生してゐないものである。と述べ、
被控訴代理人に於て、控訴人主張の右事実に対し、
(二)については自白の取消に異議あり。控訴人側は倉庫業法にいう倉庫業者でないとしても、商法にいう倉庫業者である。
(三)については本件とろゝ昆布の保管料は寄託当初より一ケ月金三万七千五百円の定めであつた。昭和二十三年十一月分の保管料として右月額の半額を支払つたのは、当時控訴人との間に本件とろゝ昆布の滅失毀損に付、控訴人に対し損害賠償を求め折衝中であつたため、控訴人より保管料の請求を受けなかつたによるのである。
(四)、(五)の事実はいづれも否認する。
(六)の事実は否認する。寄託期間については何等の定めもなかつたものである。亦仮に控訴人の主張が理由あるとしても毎年十一月以降は気温の低下によりとろゝ昆布の腐敗の進行は停止し、爾後損害を生ずる余地はないのであるから、本件とろゝ昆布の腐敗はすべて右寄託期間中の控訴人側の保管義務の懈怠に基くものである。
(七)については、本訴請求は控訴人側の寄託契約に基く債務不履行を原因として之に因る損害賠償を請求するものであつて、担保権の侵害を理由として損害賠償を請求するものでないから、損害額の不確定ということはない。と述べ、
<立証省略>
と述べた外、原判決事実摘示と同一だからこゝに之を引用する。
三、理 由
一、訴外合同水産株式会社が、昭和二十三年六月上旬その所有に係る本件とろゝ昆布五百二十六箱(一箱五貫入)を控訴会社の前身である冷蔵倉庫業者訴外日高信義に冷蔵保管のため寄託したこと、昭和二十三年八月七日右訴外日高信義が発起人となり控訴会社が設立せられ、右訴外人の倉庫営業並びに之に伴う一切の権利義務を承継したことは当事者間に争がない。(控訴人は控訴人側の倉庫業者たることの自白を取消すという。しかし乍ら、倉庫業法にいう倉庫業者は、商法にいう倉庫業者の内、倉庫証券の発行に関し之が保護監督の行政上の必要から一定の資格要件を備うる者を対象とするに過ぎないのであるから、倉庫業者にあらずとも商法上の倉庫業者たり得ることは固よりである。
而して成立に争のない乙第一号証と原審に於ける控訴会社代表者日高信義の尋問の結果に徴すると、日高信義が冷蔵倉庫による物品の保管を業とするものであつたこと及び、その事業を継承した控訴会社も同様業者であるを肯認するに十分で、当審に於ける控訴会社代表者日高信義尋問の結果中、右認定と相容れない部分は当裁判所の措信しないところで、他に右認定を左右する証拠はない。従つて控訴人の右自白は真実に合し錯誤は存しないから、その取消は之を許すことが出来ない。)
二、而して、本件とろゝ昆布の所有権が被控訴人に存することは控訴人が当審に於て認めて争はぬところであるが、被控訴人が右昆布の寄託者たる地位を承継したことは、之を争うものと解せらるゝから、此点について検討するに、原審証人安永正樹の証言、同証言により成立真正なりと認むる甲第一号証、原審証人徳永正敏、同上田芳人の各証言と原審に於ける控訴会社代表者日高信義の尋問の結果の一部を綜合すると、本件とろゝ昆布は昭和二十三年六月頃、訴外合同水産株式会社が被控訴人より融資を受くるに際し、その担保として被控訴人に譲渡せられた結果、本件とろゝ昆布の寄託者名義を右訴外会社より被控訴人に変更するため同月十三日頃被控訴人の事務員中島某と右訴外会社の事務員徳永正敏とが同伴して訴外日高信義の営業所に赴き、同訴外人の事務員安永正樹に右事情を具して諒解を得、即時同人より本件とろゝ昆布の預り証の寄託者名義を被控訴人名義に変更を受け、安永も其の頃右の事実を訴外日高信義に報告して同訴外人の諒解を得たものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。従つて、被控訴人は訴外日高信義に対し、訴外合同水産株式会社の本件とろゝ昆布の寄託契約に基く寄託者としての地位を承継し、右寄託契約に伴う一切の債権債務を承継したものというべきである。
ところで、原審証人岩野七五三七の証言・当審における控訴会社代表者日高信義の本人尋問の結果及び成立に争のない乙第二号証・甲第四号証の記載を綜合すると、本件寄託契約は当初その期間につき昭和二十三年九月頃迄と定められてゐたが、其の後、被控訴人の希望により、同年十一月迄延期せらるに至つたけれども、その期限が過ぎても被控訴人は、控訴人からの度々の引取請求に拘らず、本件とろゝ昆布に滅失毀損の存することを理由としてその引取りを拒み翌昭和二十四年三月二十二日に至つて漸く之を引取つたことを認めることができる。
三、而して、当審証人兼本盛敏の証言及び同証言により成立の真正なことを認め得る乙第五号証、並びに、原審及び当審に、於ける被控訴会社代表者植田利喜男本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十三年十一月の寄託期間終了当時に於て、既に、本件とろゝ昆布の大部分にわたり品質低下を来し、一部には腐敗を生じたものもあつた(さればこそ、被控訴会社で本件とろゝ昆布の引取を拒んだ)ことが認められる。然し、その当時に於ける昆布の滅失毀損(変質腐敗)が果して如何なる程度であつたか之を的確に判定し得る資料は存しない。その後昭和二十四年三月二十二日被控訴会社が右昆布を引取つた当時に於ては、昆布の箱数は五百二箱であつたが、その正味総重量は千二百五十五貫に過ぎず、従つてもし寄託当初の一箱の正味が五貫目であり且つその後の自然的目減りを一割と見込むならば、五百二箱に付二千二百五十九貫は残存して居なければならなかつた筈であるから、差引一千貫余は寄託中に滅失したと見るべく、しかも現実に残存して被控訴会社に引渡された昆布千二百五十五貫の内、食料に供し得る程度の品質を保存して居つたものは僅かに四百二十六貫、残り八百二十九貫は食料に供し得ない程度に変質して居つたこと、而して、以上の滅失毀損を右昭和二十四年三月当時の昆布の価格により計算すれば金七十七万七千五百十五円の金額となることが、証拠保全における鑑定人久田勝夫の鑑定の結果及び当審に於ける同人の証言によつて明かである。
四、倉庫営業者は、自己又は使用人が受寄物の保管に関し注意を怠らなかつたことを証明するに非ざれば、その滅失又は毀損につき損害賠償の責を免るることを得ないこと、商法第六百十七条の規定するところである。ところで控訴人は「元来とろゝ昆布は普通製品であつても我国の冷蔵保管の方法ではその腐敗を防止することが不能であるのみならず、本件のとろゝ昆布はもともと品質粗悪であつた上に、保管当初から容器である木箱の約半数が毀損し約半数は菰包にされて居り内容たる昆布も腐敗したり腐敗しかけたりして居つたから、たとえ控訴人側に於て万全の方策を尽したとしても、本件とろゝ昆布の変質腐敗は防止し得なかつたものであり、従つて本件とろろ昆布の滅失毀損は控訴人の責に帰すべきでなく、控訴人はその賠償責任がない」旨を主張する。なるほど当審鑑定人富山哲夫・同伊勢博治の各鑑定の結果に、当審証人久田勝夫・佐藤政之助の証言を参酌して考量すると、元来とろゝ昆布なるものは、たとえ優秀な製品であつても、それ自体に多少の細菌やカビが附着して居り、吸湿性の強いことその他とろゝ昆布の性状よりして、高温多湿のところでは非常に変質腐敗し易く、従つて当時(即ち昭和二十三年頃)の日本における設備の優秀な冷蔵倉庫にとろゝ昆布を冷蔵保管しても、高温多湿な梅雨期から夏期にかけてその商品価値を十分に保存することは相当困難な事であり、その為とろゝ昆布を梅雨期より夏期にかけて冷蔵保管することは、世上一般に行われていなかつたことが明かである。
然るに本件とろゝ昆布は昭和二十二年秋北海道で生産され、その製造者も一名でなく数名の製造にかゝるもので、原料の選別不良・製造技術拙劣なものも混入して居り、訴外合同水産株式会社は之を昭和二十三年三月頃広島を中継地として取寄せ一旦福岡県田川郡赤池農業会に納入したけれども、品質粗悪の為返品となり、当時福岡県下には同種商品が市場に多量出廻つていた為に、他に売捌くことが出来ず、やむなく普通倉庫に格納して居つたものの、多湿高温な梅雨期を迎えて変質腐敗の危険が多くなつたので、右訴外会社代表者上田芳人は日高信義に懇請して同人の冷蔵倉庫に寄託するに至つたのであるが、その寄託当初より既に容器の木箱の破損して居るものが多数あり、一部は木箱の代りに菰包みにしてあるものもあり、内容の昆布も一部は変質し又腐敗しかけているものもあつた事が、原審証人上田芳人・岩野七五三七・永田陽一・徳永正敏、当審証人佐藤政之助・兼本盛敏の各証言、原審及び当審に於ける控訴会社代表者日高信義の尋問の結果を綜合して之を認めることが出来る(之等の証言並びに原審及び当審に於ける被控訴会社代表植田利喜男の陳述中、右の認定に反する部分は当裁判所の措信しないところである)。
之を前掲富山・伊勢両鑑定人の各鑑定の結果及び当審証人久田勝夫・佐藤政之助の各証言と綜合して考えてみると、本件とろゝ昆布の変質腐敗には、右の様な品質粗悪・包装不完全などもその大きな原因を為して居るものであつて、かような品質包装上の瑕疵がある以上、たとえ本件の倉庫の設備が相当完全なものであり且つ、受寄者側において貯蔵上十分の注意を払つたとしても、梅雨期より夏にかけての貯蔵に於て、かなりの程度の変質腐敗を来すことは避け得なかつたものであることが容易に推認されるのである。
然し、さればと言つて、控訴人は、本件昆布の滅失毀損につき全然その責任がないと断ずるわけには行かない。何となれば本件倉庫はもともと主として貯氷用として建設せられたもので一般冷蔵倉庫としての十分の施設を有せず、且つ本件とろゝ昆布の様な多量の貨物を格納するには狭隘に過ぎ、その為本件とろゝ昆布の一部は氷の仮置場に格納した様な有様であり、しかも冷蔵室の上部を通ずる冷却管より生ずる水滴の落下を防ぐ装置(露受装置)もなく、又寄託期間中アンモニヤの使用量が少くその為冷却温度も通常冷蔵倉庫において保持せらるべき低温よりも相当高い温度であつたこと、更にその間昆布の積替え等を為して換気を図る様なことも行われなかつたことが、原審証人安永正樹・当審証人鹿児島進の各証言、当審鑑定人伊東祐重の鑑定の結果並びに当審検証の結果等に徴して之を認め得るところであり(原審及び当審における控訴会社代表者日高信義の陳述中以上の認定に反する部分は信用し難い)、若し以上の様な倉庫設備の不完全・貯蔵操作の不行届等がなかつたならば、本件とろゝ昆布に前に認定した程の甚大な滅失毀損は来さなかつたであろうことは、前掲伊勢・富山両鑑定人の各鑑定の結果等に徴して容易に推認し得るところであり、即ち、以上の様な設備不完全・操作不十分等も滅失毀損の共同原因を為していると言わねばならぬのである。
五、右の点に関し、控訴人は「訴外合同水産株式会社は、日高信義の倉庫が設備不完全・冷却機能不十分で、狭隘なことを十分了承の上、強いて日高に本件とろゝ昆布の保管方を懇請したものであつて、本件昆布の滅失毀損については、同会社に於て自らすべての損害を負担し、受寄者に一切責を帰せない趣旨の約定であつたものである」旨を主張する。
なるほど、原審証人岩野七五三七の証言に控訴会社代表者日高信義の原審及び当審における本人尋問の結果を参酌すると、当初前記上田芳人が日高に本件昆布の冷蔵寄託を申入れた際、日高が倉庫の設備不十分の故を以て之を断ろうとしたが、上田に於て強いて懇請したので遂に日高も受諾するに至つたものであること、而して、いよいよとろゝ昆布を入庫しようとするに至つてその量が余り大量であつて、冷蔵室のみには収容し兼ねたので、日高が左様に多量の昆布を無理に入庫することは貯蔵上悪い旨を申したにも拘らず、その入庫に当つた合同水産株式会社の者(上田芳人にあらず)は兎も角も梅雨過ぎまで預つて貰い度いと申して、狭隘な冷蔵室に昆布を積み上げ、同室に収容し切れないものは、之に接する氷の仮置場に昆布を積んで格納したことを認めることが出来るし、これ等の事情は被控訴人側の過失として損害賠償の額の決定に斟酌すべきことは後に詳述するが、然し、控訴人の主張の如く「本件とろゝ昆布の貯蔵中生ずる損害はすべて寄託者が負担し、受寄者は一切之が責を負わぬものとする」ような全面的免責約款が付せられていたものと認むべき証左はない。(証人上田芳人の証言及び当事者双方会社の代表者の各本人尋問に於ける陳述中以上の認定に反する部分は措信しない)。従つて、この点の控訴人の主張は採用し難い。
六、次に控訴人は「被控訴会社は、訴外合同水産株式会社に対する債権を担保する目的を以て、同会社から本件とろゝ昆布の譲渡を受けて居るものであるから、たとえ担保たる本件昆布が滅失毀損しても、右訴外会社から債権の回収さえ為し得れば、被控訴会社としては何等損害を被つたことにならない。従つて、右債権の回収の能否が不確定である以上、本件昆布の滅失毀損による損害額も不明と言うべきであり、本件損害賠償請求権は未だ発生しないものである」と主張するが、倉庫業者は、その寄託を受けた貨物がその責に帰すべき事由により滅失毀損すれば、その貨物の所有権が寄託者に在ると否とを問わず、寄託者に対し滅失毀損による損害の賠償を為すべき寄託契約上の義務があるのであつて、本訴に於て被控訴人は正にかような寄託契約上の損害賠償の請求をしているものであり、被控訴人の合同水産株式会社に対し有する担保権の侵害などによる損害賠償を求めているわけではないのであるから、控訴人の右主張は的はずれの主張と言うべく、採用するわけにいかぬ。
七、更に控訴人は「仮に本件とろゝ昆布の滅失毀損につき控訴人側に保管上の過失があつたとしても、被控訴人は寄託期間を過ぎても控訴人からの再三の催告に拘らず寄託物の引取を為さず同年十一月十六日以降は冷却中止を命じ翌年三月二十二日に至つて漸く之を引取つたのであるから、寄託期間後生じた損害については、控訴人は責を負うべきではない」と主張する。而して、本件昆布の寄託期間が当初昭和二十三年六月上旬より九月頃までと定められ、それが被控訴人の希望により特に同年十一月迄延長せられたにも拘らず、その期間経過後も被控訴人が、控訴人よりの度々の引取請求に拘らず、とろゝ昆布の滅失毀損を理由として引取を拒み、翌昭和二十四年三月二十二日に至つてようやく之を引取つたことは前認定の通りであり、本件寄託物件は特定物であるから、寄託期間が過ぎて受寄者より引取の請求が為された以上、たとえ寄託物に一部滅失毀損があつても寄託者は之が引取を拒み得ないものと言うべく、之を拒めば寄託者の債権者としての遅滞を生じ、受寄者は爾後自己の物に対すると同一の注意義務を以て保管を為せば足るものと言うべく従つて寄託期間満了後に生じた損害については、受寄者が自己の物に対する程度の注意すらも欠いだことの立証がない限り、受寄者に於て其の賠償を為すべき義務はないわけである。然し乍ら、本件に於ては、前記の通り、寄託期間満了のとき(昭和二十三年十一月末)本件とろゝ昆布に果してどの程度の滅失毀損を生じていたかを的確に知るべき何等の資料も存しないのであつて、唯、昭和二十四年三月被控訴人が本件昆布を引取つた時の滅失毀損の状況から推し測るの外はないのである。而して、とろゝ昆布は一旦腐敗し始めると加速度的に腐敗が進行する傾向を有するものであること、及び、その反面に於て十二月頃より三月頃迄は寒冷な気候の為腐敗が幾分阻止される傾向にあることは、前記伊勢・富山両鑑定人の各鑑定の結果に徴して之を知り得るところであるから、昭和二十三年十一月末の損害額を推認するには、右の様な事柄も斟酌すべきことは勿論である。
ところで、鑑定人久田勝夫の鑑定によれば、昭和二十四年三月当時本件とろゝ昆布の滅失毀損したものを当時の価格により計算すれば、金七十七万七千五百十五円となることは前記の通りであるが、之とても、寄託当初に於て一箱につき通常品質のとろゝ昆布が五貫目宛入つて居つたことを前提とする金額である。然るに、本件とろゝ昆布中には既にその入庫当時から多少変質し腐敗しかゝつたものも存したこと又前認定の通りであるから、右金七十七万円余を以て直に本件とろゝ昆布の入庫中に生じた損害額と為すことは、もとより不可である。いわんや、之より昭和二十三年十一月末の寄託期間終了時における損害の金額を算定することは不可能と言わねばならなない。
八、然し乍ら、もともと、訴外合同水産株式会社側に於て、右の様な始めから多少変質し腐敗しかかつたとろゝ昆布を、しかも日高の倉庫が冷蔵倉庫としては十分の設備を具えていないことを知り乍ら寄託したことは、本件とろゝ昆布の損害の発生につき寄託者側に相当重大な過失があるものと言うべきである。のみならず、当初右会社の代表者として本件契約の衝に当つた上田芳人は、当時とろゝ昆布の冷蔵の可能性乃至その適応性について十分の智識を有せず、日高信義も又同様であつた為に、日高より一応同人の倉庫の設備不十分なことを上田に申出たに拘らず、上田は該倉庫についてその冷蔵設備・能力等につき調査することも為さず、従つて又冷却温度・通風操作・積替え等の保管方法の詳細について何等特別の注文なども申出でず漫然と冷蔵方を依頼し、日高も漫然と之を引受けたものであり、その冷蔵中も寄託者側に於て時々保管状況を倉庫につき調査したり現物を点検したり等の事も為さなかつたのであることが原審証人岩野七五三七・上田芳人の証言、並びに、当審及び原審の控訴会社代表者日高信義の本人尋問の結果に徴して之を推認し得るところであるから(但し、是等証言及び陳述並びに被控訴会社代表者植田利喜男本人の陳述中右認定に反する部分は信用せず)結局本件とろゝ昆布の滅失毀損は、寄託者及び受寄者の双方の過失に基因するものと言わなければならないのである。従つて、本件昆布の滅失毀損による控訴人の賠償額を定めるにはこれ等双方の過失を斟酌して定むべきである。そこで、以上に認定したすべての事情に基き双方の過失を斟酌するときは、控訴人の賠償すべき額は、当裁判所も原審と同様に、前記金七十七万七千五百十五円の四割、即ち、三十一万千六円を以て相当と認める。
従つて控訴人は被控訴人に対し金三十一万千六円及び之に対する弁済期たる寄託契約の期間終了の日の以後である昭和二十四年六月十四日以降支払済に至る迄、商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、被控訴人の本訴請求は右認定の限度に於て正当として認容すべきであるが、其の余は失当だからこれを棄却すべきものである。
よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴及び附帯控訴はいづれも理由がないから、之を棄却すべく訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第三百八十四条、第三百七十四条、第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 高次三吉)